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徳島地方裁判所 昭和44年(行ウ)8号 判決 1971年2月16日

原告

大嶋正之

被告

府中刑務所長

藤山勘平

右指定代理人

片山邦宏

外七名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告)

被告が昭和四四年一〇月二七日に原告を府中刑務所から徳島刑務所に移送した処分を取消す。

(被告)

主文同旨

第二、主張

(原告の請求原因)

一、原告は、窃盗、同未遂、住居侵入の罪により懲役五年の刑に処せられ、昭和四四年五月一六日から府中刑務所において服役中であつたところ、同年一〇月二七日になつて突然徳島刑務所に移送された。

二、右移送は被告の移送処分によるものであるが、この処分(以下本件処分という。)は次の理由により違法である。すなわち、

(一) 原告は本件処分の告知を受けていない。

刑務所では従来から受刑者の身柄移動のさいにはすべてこれを当人に言渡した上なされており、本件処分も被告においてその言渡しをなすべきであるのに、原告は移送されることを知らされたのみで、移送先も移送事由も告げられないまま徳島刑務所へ移送された。徳島刑務所へ移送されることを知つたのは移送のため東京駅に着き、護送車の中で時間待ちしていた時、徳島刑務所の職員になだめられて初めて知つたものであり、また移送事由についても、徳島刑務所入所の際保安課長は「悪友との関係を断つため、再犯防止の意味において移送をする。」と言い、徳島刑務所長は「公安上の理由である。」と述べあいまいである。以上のように行先も事由も告げない移送は受刑者に対してはなはだしく恐怖感を与え、人道的立場からも許されず、無効な処分というべきである。

(二) 本件処分は、被告の違法な職務行為によりなされたものである。

原告は前同月二五日移送のための独居引込みの言渡しを受けたので直ちに移送拒否の申立をし、その理由を説明するため上司職員面接を願出たにもかかわらず、被告は何の手続もとろうとしなかつた。そこで、原告は移送当日(一〇月二七日)夕方の移送処分執行のさい、これに応じないでいたところ、職員数名で原告を監房外に引つぱり出し、タオルで猿ぐつわをしたり寝具を頭からかぶせる等して無理に舎房から連れ出し、また護送するときも連鎖用の繩で裸体をぐるぐる巻きにし、その上両手錠をかけ、東京駅構内の群衆の中をまるで荷物でも運ぶかのような扱いを受け、そのために唇ははれ、両手首には手錠の傷がつき、両足首にも傷がついた程である。以上のような移送の執行のやり方は受刑者の請願の権利をうばい、何の反抗もできないようにし、管区指令、公安上の理由という名分で暴力によつても職務を執行したといわざるをえず、明らかに職権乱用であつて、違法な職務行為である。

(三) 原告は本件処分当時の移送対象者には該当しない。

府中刑務所では当時、日米安保条約改定期を前に学生闘争が高まり、大量の逮捕者が予想され、独居房をその収容にあてるため、独居拘禁者、懲罰犯者、素行不良者を移送の対象者とすると知らされていた。しかし、原告は独居拘禁者でなく、工場に出役し雑居房にいたものであるし、素行についても今回の刑を受け始めて一年七カ月(未決勾留一年二カ月、府中刑務所五カ月)の間、反則事故はもちろん、職員に手数をかけたことは一度もなかつた。のみならず、府中刑務所時には移送を希望しない旨調査官に申述し、調査官は調査書類にその旨記入したはずである。このような事情にもかかわらず原告を遠方へ移送したのは、原告が過去において府中刑務所で受刑したことがあるという経歴を知つた上での差別的感情から出たものというほかはない。

(四) 原告を府中刑務所から徳島刑務所に移送する合理的理由はない。

受刑者を現に服役中の刑務所所在の管区外の刑務所に移送する場合、これが行刑上の都合による移送であるときは、当該受刑者が健全な社会人として復帰できるように刑期、家族関係、受刑者の将来のこと等を考慮してその移送先を決すべきであるのに、本件においてはその考慮が何らなされていない。原告には妻と男児一人の家族があり、現在東京都新宿区下落合二丁目七二七のアパートに住んでいるので、原告が府中刑務所にいる限り月一回の面会もでき、妻も励みの気持がでるであろうが、原告が徳島刑務所にいるのではこれも不可能となる。かくては妻の原告を待つ気持もやがてくじけてしまうかもしれない。そのようなことで妻との間が破綻してしまうと原告の将来は暗澹たるものとなり、更生しうるか否か心もとない。原告が前回の刑期を終えて間もなく再び犯罪を犯したのも、前刑の後半二年六カ月程を岡山刑務所で過している間に、妻が原告の実弟とあやまちを犯したことが原因だといえるのである。いわば本件処分は原告と原告の妻子の幸・不幸の岐路ともいえる。そのような点を全く考慮せずになした本件処分はその合理的な理由を欠き違法である。

三、よつて、原告は本件処分の取消を求める。

(被告の答弁)

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二(一)の事実について、移送処分に告知は必要ではない。仮りに必要だとしても後記のとおり告知はしている。

三、同二(二)ないし(四)の事実はいずれも否認する。以下のとおり本件処分は適法である。

(一) 被告が原告を移送した経緯

(イ) 当時、東京の治安情勢は、極左集団による火炎びん闘争が激烈化し、極めて過激な暴力的行為が各地で展開されており、殊に昭和四四年一〇月二一日の国際反戦闘争から一一月中旬の佐藤首相訪米阻止闘争に至る間には、大量の被疑者が検挙され、刑務所に多数の公安関係の被疑者、被告人を収容することが予想された。そこで法務省、東京矯正管区ではこれらの公安関係収容者を東京周辺の刑務所に収容する計画の一環として、府中刑務所には三〇〇名の収容を見込み、これを実施するため府中刑務所に収容中の独居拘禁者および準独居拘禁者一〇〇名を他の刑務所に移送することに決定した。これは、これら公安関係収容者は過激な組織的行動によつて証拠隠滅等未決拘禁の目的を阻害し、刑務所内の秩序を破壊するおそれがあつたので、雑居拘禁に適せず、独居拘禁に付する必要があると考えられ、その受入れのためには、前記のような一〇〇名の移送が必要と考えられたことによるものである。

東京矯正管区長は、右決定にもとづき被告に対して、同年一〇月一五日に移送すべき一〇〇名の受刑者を選定するよう指示し、さらにその頃(1)移送先として網走、札幌、宮城、福島、岐阜、名古屋、大阪、京都、神戸、岡山、広島、高松、徳島、福岡、長崎、熊本、宮崎の各刑務所を指定し、各刑務所へ五乃至一〇名宛移送するよう指示し、(2)移送受刑者の選定基準として(一)独居拘禁者七〇名、(二)準独居拘禁者三〇名、(三)いずれも五名単位で集団移送可能な者、(四)但し、(イ)保安上の理由から特に本省指令によつて府中刑務所へ移送された者、(ロ)東京周辺の裁判所に訴訟係属中の者、(ハ)移送時に残刑期が六月以下の者は除く旨具体的指示をしてきた。

(ロ) よつて、被告は早速移送対象者の選定に着手したが、そのさい前記基準の外に(一)移送することによつて府中刑務所における年間作業計画の運用に支障を来たす者例えば作業の責任者、技能熟練者等を移送するとか、特定の工場からのみ移送して作業人員を著しく減少させるようなことは避ける、(二)医療刑務所に移送を予定されている者は除外する、(三)健康状態が移送に耐えられない者は除外する、という三つの基準を附加した。そして、選考事務は事実上保安課が中心となり、これに分類審議室、作業課、医務部が参加して行われた。

(ハ) 次に、被告は管区長の指示に従い移送先の刑務所長と協議のうえ、移送日時が決り次第、一〇〇名の移送受刑者のうちから次の基準により誰をどの刑務所に移送するかを順次決定した。

(1) 現に独居拘禁中の者のうち、将来においても独居拘禁を解除することができないと認められる者は早く移送する。

(2) 長期刑の者はC級(長期刑)刑務所に移送する。

(3) 重警備の必要な者は宮崎刑務所に移送する。

(4) 前三項に該当する以外の者については、原則として独居拘禁者と準独居拘禁者とを混合して移送する。

(5) 紀律違反で取調中の者は処分を決定してから移送する。

(6) 懲罰中の者は、原則として懲罰終了の時点で移送する。

誰をどの刑務所にいつ移送するかが決まると、その移送の前日に移送に耐えうるか否か医者が健康診断をし、領置物について調査し、移送前の受刑者を独居舎の一隅に集めて独居拘禁に付し、当該受刑者の刑の執行に関する一切の書類、私物等をとりまとめ、移送当日に移送受刑者を所定の場所に集めて移送の告知をした上、右の書類等とともに身柄を護送職員に引渡す取扱いをした。

(ニ) そして、原告が移送対象者に選定されたのは次のような理由によるものであつた。

府中刑務所分類審議室の調査によると、原告の精神状況は「発揚性の精神病質の疑いがあり、調子にのり易く気分のむらが多い。軽卒、即行的だが、思いつめやすく独断的・自己中心的になりやすい。我儘な自己主張もかなり多い、元来、多弁あけつぴろげの方だが計算してうまく立ちまわる傾向もある。やや狡猾な気持から要求が多くなりやすい。短気でカッとなり易い。」というものであり、前回の刑で岡山刑務所で服役中拘禁性反応が生じたという原告からの申出もあつて、刑務所内の生活においては特段の注意を要するものがあつた。そこで、被告は原告については収容当初から要注意者として特段の注意を払つてきたものであり、将来独居舎に収容する事態に至ることが予想できたので、原告を準独居拘禁者として移送対象者に組入れた。また、原告の移送先として徳島刑務所が選ばれたのは、前述のような基準で一〇〇名の移送者について移送先を順次決めて行つた結果、たまたま原告ら五名が残り、最後の移送先が徳島刑務所であつたことによるものでそれ以上の理由はない。

また、移送の告知は次のようになされている。一〇月二五日午前九時頃府中刑務所北部区の職員が原告を呼んで、原告が移送予定者になつているので健康診断を受けるよう指示した。その結果、移送に差支えない旨の診断があり、領置物について調査を行つた後、独居舎に収容し、独居拘禁に付した。そして、一〇月二七日夕刻、原告および他の四名を一カ所に集め、徳島刑務所に移送する旨言渡し、徳島刑務所職員に身柄を引渡した。この間原告は移送を拒否して種々暴れたのである。

(二) 移送の取消を求める原告の請求は失当である。

原告は受刑者であるから法令の定めるところに従つて刑務所に拘禁され刑の執行を受けるものであり、拘禁場所については選択の権利を有するものではない。したがつて、被告が拘禁上の必要から原告を他の刑務所に移送した場合には当然それに服すべきものである。現行法令上、受刑者の移送については何らの規定もなく誰をどこの刑務所に移送するかについては、刑務所の長の自由な裁量に任されているところと解される。原告の主張するところが、被告の行なつた裁量権の行使が濫用に当るという趣旨だと解しても前記のような経緯で原告の移送はなされたのであるから、何ら裁量権の濫用にならない。

妻子が東京にいるから移送をすることは不当だというが、このような事情は他の多くの受刑者についてもいえることであつて移送を拒否する理由としては薄弱である。また分類調査で移送を希望しない旨述べたのに移送するのは不当だというが、これは特に他の施設に移送する必要があるか否かを判定するための単なる参考資料にすぎない。

以上、いずれにしても原告の請求は失当である。

第三、証拠<省略>

理由

一、まず、被告のした本件移送の処分は、その正確な法的性質はともかくとして、行訴法三条二項所定の「行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為」に該当することは疑いをいれないから、原告の本訴の提起自体は適法である。よつて、すすんで本案について検討する。

二、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

三、そこで、被告が原告を徳島刑務所に移送した処分の適否を原告の主張に従つて順次検討する。

(一) 移送処分の告知の要否及び有無について、

原告は受刑者の刑務所相互間の移送の処分について告知を必要とする旨主張するので考える。

一般講学上、告知を成立要件とする「行政行為」とは行政庁が法に基き公権力の行使として国民に対して具体的になす法的規制行為と定義づけられるべきものであり(但し、これは抗告訴訟を提起しうるか否か、換言すれば当該国民が行政庁の所為に関する紛争解決適格を有するが否かという機能的見地から考えられるべき行訴法三条二項にいわゆる「行政庁の処分」と必らずしも一致せず、またその必要はない。冒頭の説示参照。)、行政行為は原則として一般権力関係の場で見られる行政庁の公権的行為と解される。しかして、この場合は「法の定めるところにより」当該行為を何らかの形で―一般には書面により―相手方に了知到達せしめることによつてはじめてその行政行為は成立することになる。ところが、刑務所長がする刑務所相互間の受刑者移送の処分について監獄法その他の関係法に移送の処分自体に関しても、また予じめの告知に関しても何らその規定をみないところであり、これは畢竟かかる移送の処分が刑務所長と受刑者との間に包括的に認められる支配権(これを特別権力関係と称するか否かは用語の問題である)発動の一態様として理解されるべき事実上の処分であることを示すものといわなければならない(但し、右に「事実上」というのは移送自体が一面において同時に刑務所長の相手方受刑者に対する受認命令意思を具現していること、従つて、その限りにおいて法的側面の存することを否定するものではない。―なお、このように考えてくると、移送の処分の場合観念的な移送処分(行政処分)とその執行行為(事実行為)としての移送行為を区別することには疑問がある。このような二分説によつた場合の実益はおそらく徳島刑務所移送指揮があつたにもかかわらず執行官が誤つて網走刑務所に移送した如き希有の事例について右の誤りを突くだけで右移送の処分が是正されうる、という点、受刑者が予じめ移送または移送先を了知することを要件とすることによつて、受刑者の心理上の安心感の保証を与える点等にあると思われるが、前者は希有のことに属し、後者は実際上の運用に照らしさしたる実益ありとも思われず、その他刑務所内の法律関係の特殊性に鑑み、未だ採るを得ない―)。

そうすると、受刑者の刑務所間移送の処分については、いずれにしてもその告知を要しないと解すべきである。従つて、本件の場合一部原告も自認し、証人北村一明の証言によつても認めうる刑務所係官による原告に対する移送の事前告知も専ら事実上の運用としてこれを理解すべきものである。この点に関する原告の主張は失当である。

(二)  移送執行のさいの刑務所職員の暴行行為をいう点について原告は移送執行係官の暴行、職権濫用をいうので、まずその事実の存否について按ずるに、<証拠>を総合すると、原告は本件処分執行のさいこれを頑強に拒否し相当に暴れたため刑務所係官はやむなく原告をとりおさえた事実は認められるが、係官の方が必要以上に積極的に原告に対し暴行を加えたと認めるに足りる証拠はない。

そうすると原告の右主張も前提を欠き失当である。

(三)と(四) そこで、本件移送の処分の合理性の存否について判断する(刑務所長の受刑者に対する広範な公権的支配権といえども、もし、法規が存すればこれに従うべきであることはもちろん、これなき場合でもそれが刑の執行目的を越えた、すなわち自由な裁量の範囲を超えた所為は当然規制せられるべきであり、司法救済の対象となる。(二)の場合も同じ)。

<証拠>を総合すると、被告が原告を府中刑務所から徳島刑務所に移送するに至つた経過は被告主張のとおり(請求原因に対する被告の認否および主張三(一))であることが認められ、反証はない。右事実によれば被告が原告を移送対象者として選定し徳島刑務所に移送した処分は、被告の自由裁量の範囲内にあつて、その間に何らの違法はない。また、原告が特に主張する徳島に来れば妻子と面会しにくいという事情にしてもこれだけでは未だ移送の処分自体を違法とすることはできない。

そうすると、原告の前記主張も失当である。

(五)  しかして、他に被告の本件処分を違法と目すべき事情は認められない。

四、よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。(畑郁夫 葛原忠知 岩谷憲一)

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